忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

瞑想を始めたのは、ヨガを習い始めて、教えてもらってからです。
ヨガも千手観音にやってみなさいと言われて始めたのだけど。
とっても、いいです。初めてやった時からワンダフルな体験でした。

ヨガで体を整えた後が入りやすい。
結跏趺坐(右足を左ももの上にのせ、左足を右ももの上にのせる)で、
半眼(まぶたをほとんど降ろし薄目を開ける。でも視線はまぶたを見る)にし、
手のひらは上を向け、ひざの上あたりに置き、親指と人差し指をつける、
部屋は薄暗くしてろうそくを灯し、ろうそくの灯りを見る。
ヒーリングミュージックをかけたりすると、また入りやすい。
呼吸は鼻から吸って、ゆっくり口から吐き出す。これは絶対。
最初の頃は、そんな感じでやってました。

体が整っていなくて、結跏趺坐が無理な時は、ソファなど体を預けられる楽な椅子に
リラックスして腰掛けて座る。で、半眼で、暗くするだけでもいい。
または寝ちゃってもよし。目を瞑ると寝ちゃうことが多いけど、それでもいいかな。

初めて瞑想に入った時、
最初はザワザワと音や気配が気になるけれど、それを流して、
自分の呼吸に集中していると、
手とか足とか体のある感覚が無くなって、空を飛んでいる感じになって
ふわりと浮いているような、上や下の感覚が分からなくなるような感覚で、
気付くと宇宙に浮いていた。しばらく飛んで帰ってきました。
とても気持ちがよかった。
いつもって訳じゃないけどね。

ある時はどんどんと空へ登り、やはり宇宙までも飛んでいきました。
星々が自分の横をすり抜けていって、光のようなスピードで宇宙を進むの。
ふと気がつくと、私を道案内する光っている人がいる。
孔雀に乗っている仏様。あとで調べたら孔雀明王ね。
孔雀明王は私を太陽の目の前まで導いて、
太陽になってみてごらんなさい。と言った。
さあ、と促され、太陽に近づくと、するりと、私は太陽になりかわっていた。

自分がとても強い熱いエネルギーの固まりのようになり、回転する。
回りながら、エネルギーを放つ。
とても心地よい。エネルギーを放出し続けるという業。
孔雀明王の声が聞こえる。
太陽は誰のためでもなく、自分の業としてやっているのです。
ただそれが自分の役目であるから、喜びとして。
宇宙の中で、自分の居場所で、自分の務めを、ただ果たせばいいのです。
あぁ、なるほど。こういうことなんだ。これでいいんだ。と思ったら、
私はまた宇宙を一瞬で駆けて、すとんと自分の体にもどってきた。

今では寝る前に、布団の中で、神仏や守護霊を確認してから、ひと瞑想。
私にとっては瞑想は、遊園地よりもおもしろく、ワークショップよりも為になる。

PR

神さまとお話することや、
弱っている時は恐い妖怪みたいのが寄ってくることなんかは、
大人になるまで、ほとんど誰にも話さなかった。
ちょっと話すだけで変なこと言うって顔されたから。
どうも、自分以外の周りの人には見えないらしいとわかって、口をつぐんでいた。

ところが、高校生の頃、手のひらから出てくる、ビリビリするエネルギーのことが
詳しく知りたいと思った。
それから、自分が神さまと話すようなことを、
どこかの宗教では、もっと詳しく教えてくれたりするのだろうか?
誰にも理解されない私に起こることを、誰か説明してくれないだろうか?
と思って、あちこちの宗教の門も叩いてみた。
キリスト教や新興宗教、仏教、神道・・・エトセトラ。
話を聞きに行くが、なんだかどれもしっくりこない。なにかが違う気がする。
古い真実、伝えられるうちに形だけになってしまったもの、という感じがした。

ある新興宗教なんて「信者にならないと今度は人間に生まれ変われない」なんて言う。
この世の終わりがくるようで。そしたら信者以外は、人間じゃないものになるんだって。
百歩譲って、そうなるとしても、例えば私は石ころになってしまうんだとしても、
地球が残って、この美しい世界は、存在するんだったら、その一部の石ころになるんだったら、
私はかまわないや。と思った。それで私はどこかの宗教に属すのはやめた。
また私は、誰とも神さまについて話さないことにしていた。

もうだいぶ昔のことですが、私も若かりし22歳の春。
原因不明の高熱が何日も出た。
弱っているので、私を魔界に連れ込もうと、魔物たちが周りを取り囲んだりしている。
何日めかの夜中、私は「お前たちになんか用はない」と、
魔物を必死に追い払ってから、起き上がった。
すると、天井から光が差して、広がった。光で出来た階段が見えた。
そこへ上がっていけば、天国に行けるんだって分かった。
どうぞ、上がってきてもいいよ。と神さまが言った。
生まれてからそれまでの人生が、本当に走馬灯のように、映画のように見えた。

それで私は、
それは出来ない。だって私は、まだ何にもやるべきことをやってない。
ということに気付いて、神様に許しを請うた。
どうか、自分がしなければいけないことを成すまで、この世に留まらせてください。と。
成すべきことがなんだかも、まだ分からないけど、
でも、分かるところまでも、辿り着いてない。とても天国へ戻れない。

そう言った瞬間、目の前には光り輝く千手観音さまが浮んでいた。
たくさんある手のひとつが、私の頭に乗せられた。
すうっと熱がさがって、楽になった。
「それでいいのですよ」と微笑まれた気がした。

はっと気がつくと、私は自分に起こったことに、興奮して、
離れて住んでいた、育ての母に電話して、初めて神さまのことなどを打ち明けた。
「そうだったの。それを聞くといろんなことが納得できる」と母は言ってくれた。
それから母には見えないけれど、何度も死に掛けているので、
やっぱり走馬灯のように人生が見えたことなんかを話してくれた。

翌日には、よろよろしながらも起き上がって病院へ行ける程、元気になっていた。
何日も寝込んでいたのがウソのように。
それから体力が戻ってから、久しぶりに会社に出勤した私は、
なぜかその頃、親しくなったばかりの同僚のTちゃんに、
千手観音が現われて熱が下がった事を嬉しくて話してしまった。
今までではありえないことだったのだけど、
なんでだか、話していたのよね。
もちろんその人に、今まで、そんな話を一度もしたことなかったのに。

彼女はとても興奮して、「すごい!すごい!良かったね!」と喜んでくれた。
そして、「ぜひ紹介したい人がいるので一緒に来てほしい」と言った。
宗教には懲りている私は、ちょっと疑り深く、行くのを渋ったのだけど、
彼女は宗教とかじゃないけど、占いをやっている先生のお世話をしている人だと言った。
何度目か誘われて、私は”その人”に会ってみることにした。
”その人”も宗教じゃないけど、神仏と話をする人だと言うので。

そうして、私は、自分以外の、神仏と話をする人と初めて会うことになったのでした。

私が会社の同僚のTちゃんに連れられて、出会ったのは、
Fさんという私の母と同じくらいの年頃の女性でした。
だんなさんを何年か前に亡くし、子供がいないかわりに、
自分の周りに集まってくる若い子たちに関わることを生きがいにしているようでした。
でも、老若男女、人が集まり賑わっています。
サロンみたいに、人が集まって、お茶を飲んでおしゃべりしてるの。
なんだか、とっても温かくウェルカムな雰囲気のところ。

Fさんは、ひと目見て、「あ、お地蔵様だ!」と思った。
そのような丸いお顔で、そのような体型で、そのような優しい笑顔なんですって。ほんとに。
「Tちゃんから聞きました。千手観音様と出会われたのですって?
私は、夢の中で地蔵菩薩と出会ったのよ。」(あ、やっぱり)
Fさんは、四柱推命という占いをする先生に出会って、神仏に出会うようになったと言った。
それから、私たちは夜中まで神さまについて語り合った。
私には生まれて初めてのことでした。
感じたままに、神さまのことを話し、それを自然に受け止め、共感してくれて、
さらに似たような体験をし、それについて勉強したりしているFさんとの会話。
だから、堰を切ったように、尽きることなく話すことがありました。
Fさんは、「現世での年齢ではないのね。今は若いけれど、
私よりも魂のお年はおねえさんのように感じるわ」と言ってくれ、
子供のような年齢の私を、対等に扱って語り合ってくれました。
Fさんと出会えたことが、とても嬉しかった。
そんなFさんの家へ、私も事あるごとに立ち寄るようになった。

話題は、よく四柱推命の先生のことになりました。
占いを超えた霊感のある先生で、お会いするだけで感動するという。
でも、当時私は占いにも懐疑的だった。それまで、あんまり当たっていると思ったことがないのだもの。
実は中学の頃からまったく生年月日の同じ仲のよい友人がいるのだけど、
彼女と私は、似ているところはあるけれど、性格も環境も、まったく違うの。
彼女は私のように、見えないものを感じることはないし、神さまの話もピンとこないようだった。
雑誌などの占いを見ても、私の疑問に答えてくれそうなものは占いに感じたことはなかった。
だから、先生のことも、会ってもいないから解からないなあ、なんて思っていた。

ところが、ある時、Fさんから電話が来た。
先生に私の話をしたところ、とても縁があるのを感じるから、
ぜひ鑑定してみたい。無料でいいから生年月日を教えてもらえないかと言われた。
ちょっとびっくりした。でもまあ、無料ならばと生年月日を教えた。

しばらくすると、一本のカセットテープと鑑定書の入った封筒を渡された。
鑑定書は偏印とか比肩とか、訳のわからない漢字が並んでいて、まったく理解できなかった。
カセットテープは、そんなに年でもない男性の声だった。
先生は女性でFさんよりも年上と聞いていたから、大勢いるという先生のお弟子さんの一人のようだ。
そして、カセットテープには、
「あなたは普通の人よりもエネルギーの強い人だと思います。
例えるなら、4つ位ターボが余分についているような感じで、
たぶん、前世で修行僧のようなことをされていたのだと思います。
そして、霊的な力や芸術的な感性が強いと思われます」というようなことが入っていました。
驚いたのは、「たぶんお母さまとは、小さい頃に死別か生別されておられて、
義理のお母さまに育てられたのではありませんか?」
と言っていることです。このことはまだFさんにも話してはいなかったと思います。
「孤独の暗示がありますから、寂しいと思われることが多くあったと思います。
自分のことを上手く話すことが出来ないということもありますね。」ということも、
当たっていて驚きました。
その他の内容も、言い当てられてびっくりすることばかりで、
私は初めて四柱推命ってすごい占いだわー、と占いについての考えが変わりました。
先生に会えるのがとても楽しみになってきました。

先生の事務所は遠方にあって、Fさんは最初、先生の事務所に
出向いて何人も何十人も紹介しているうちに、
二ヶ月に一度二日だけ、先生が来てくれるようになり、
無料で自宅を開放していたのです。
先生は大勢の人を鑑定するために、何人かのお弟子さんを伴ってやってくるのだと言う事でした。
次に先生たちが見えるのは、二週間ほど後のことでした。

 

先生に直接お会いする前に、
Fさんから「これが先生よ」と先生の写真を見た時、
「あれ?・・・・お母さん?」と私は思わず呟いてました。
なぜか、幼い頃に別れた生みの母かと一瞬思ったのです。
いつの間にか占いの先生になっていたとか?
いやいや、すぐに違うと分かる。
だって、先生の方が母よりも10くらい年が上なのだ。
それに冷静によく見るとちょっと似ているかもしれないけど。まったく別の人だ。
私の母よりも目がパッチリとしていて、悲しい顔はしていないし、先生はずっと美しい。

そして、先生がやってくるという日、
どれだけ私がそわそわしてハイになっていたか。
心がはやって落ち着かなくて、大変でした。
会社を休んじゃったりして、いてもたってもいられず、
朝からFさんの家に行き、電車が着くという時間には、
Fさんと一緒にお迎えに行きました。

改札口に、先生と3人の青年のお弟子さんが現われました。
着物姿の先生の姿は、観音さまのようでした。
慈悲溢れるという感じです。
それから、お弟子さんたちは、当時の私にとっては、
5つから10歳くらい年上のお兄さんのような感じ。
私は生まれて初めて感じる感覚に、
すっかり子供のようにはしゃいでいました。

先生やお弟子さんたちが初めて会ったように感じないのです。
それどころか、ずっと馴染んでいる家族のような感じ。
懐かしくて、居心地がいい。
そして、私は自分が七つか八つの子供のように、
スキップしているような感じでいる。

私は、いつもどちらかというと落ち着いた、大人びた子供だったのです。
頑固でエキセントリックではあったけど、
かんしゃくを起こすこともなく、取り乱すこともなく、
親が怒っている大人の理由も理解するような子供だった。
そんな子供時代よりも、子供っぽくはしゃいでいる自分に驚いた。

Fさんの家に着き、先生は荷物をほどかれ、お客様を迎える準備を済ませ、
混んでくるのは夕方からだから、と私のそばに座って話をしてくれた。
「私も、あなたにとても、縁があると感じるのよ」と
またしても観音様のように優しく微笑まれた。
それから先生は私に、ひとりだけいるというの娘さんの話をした。
娘さんがまだ小さい頃、先生が病気になって長く入院し、
その間、知り合いに娘さんを預けたのだそうです。
先生が死んでしまうかしれなかった、その病気を克服し、
(その病気を克服したことで世界が光り輝いていることを感じ、
神仏と通じるようになり、占い師になろうと決意されたのだそう)
娘さんを預かってくれた知り合いのご夫婦にお礼を言ったところ、
そのご夫婦は、娘さんが可愛くて可愛くてしょうがないので、
ぜひ養女にくれないかと言ってきたそうです。
そのお話は丁重にお断りしたのですが、今でも親交は続いていて、
娘さんを可愛がってくれているそうです。

「それはね。娘が前世で、そのご夫婦の子供だったからなのよ。」
と、先生がにっこり笑われたのを見て、
自分でも知らずに、私の目から涙がこぼれてきたのでした。
「あれ?なんでだろう?涙がとまらない」と私が言うと、
先生はぽんぽんと自分のひざを叩いた。ここでお泣きなさいと言うの。
私は先生の膝につっぷして、えんえんと声を出して、子供のように
泣きじゃくっていました。「おかあさーん、おかあさーん」と。

その時、前世での親子であった姿、私は小さい男の子だった。
それだけでなく、天上でも先生は私の母だった。
そのビジョンが見えたのです。

私が初めて前世と認識したビジョンでした。

ひとしきり泣いて、先生の膝が濡れてしまっていると気付いて、
泣きやんで先生の膝から顔を上げると、
にっこりと観音スマイルを浮かべる先生もまた涙ぐんでいた。

はっと、周りを見回すと、周りに、Fさんやお弟子さんも、
微笑みながら涙ぐんでいる。
「私にも分かるわ。親子だったのね」とFさんが言うと、
先生が「そう、今まで一人で寂しかったわね」と言い、
私はまた涙があふれてしかたなかった。

先生たちと会うことで、今までいつもこの世にたったひとりきりでいるような
寂しさの中にいたのだと、黒と白のコントラストのように、
はっきりと分かったのでした。

これが、私と前世の母とのめぐり会いでした。
その間も、メッセージの強い夢を見たり、
それから私の精霊(私は守護霊を”私の精霊”と呼んでます)が
しばらくぶりに、いつになくぴったりと寄り添い、いっぱいささやいて、
しかたないので、ノートにメッセージを書き込んだりして、
「しばらく(チャネリングのようなの)さぼっていましたね」と言われたりしてました。

実は私、今空亡という天中殺のような時期に今年から入ってまして、
ややもすると、とっても篭もりがちになってしまう。
話したくなくなる。書きたくなくなる時があります。
それもあいまって、PCが壊れたことを、これ幸いと篭ってました。

私の精霊は、やいやいと催促するんですけどね。
早く書きなさい。と。あなたのお仕事ですよーと。
それに、やーだーもーん。と反抗して、他のこと、
大好きな編み物とか、縫い物とか、お絵かきして遊んでました。
本も読んだり、瞑想したりも、たっぷり時間とってしました。
それから、いーっぱい、たーっぷり寝ました。
それについては私の精霊も異議ないようでした。

好きなことするのは、もちろんいいけれどね、
語ること記すこともしましょうね。と、やんわり諭される。

私は書きたくないという魂から沸き起こってくる感情と戦っていたんです。

実は私の男性の時の過去世というのは、宗教に関わっていることが多く、
異教徒として追われたり、迫害されたり、
殉教を迫られたり、実際に殉教したりもしています。
真理を語ることが、自分の使命と思いつつ、とても恐れてもいるのです。
解かってくれない。のみならず、否定され、迫害される。
それが私の魂に恐れとして刻み込まれています。

そういう人は意外と多いのです。
私だけでなく、私の知っている人でも、
魔女裁判にかけられ処刑された過去世のある男性がいて、
おそらく、今生もいろいろと見えたり、知っていたりするはずですが、
話すことが出来ず、そのかわりにその人は
それを誤魔化すために嘘をつくのが上手になってしまいました。

私は押し黙り、口を割らないという方法のほうを選ぶことが多く、
話そうとしても上手く話せないということがあります。
特に自分自身の心の中の大事なことや、真理について語ろうとすると
魂から沸き起こる感情が抵抗するんです。

でも、それに取り込む時なので、こうして、更新しましたよー。
苦しそう、と近しい人は分かるようですが、
それでも、これは喜びでもあるのだから、取り組まなければいけませんね。
これを乗り越えたらご褒美があるみたいなんだー。
30  31  32  33  34  35  36 
ブログ内検索
カウンター
読み解きに役立つ本です!








【share】 する
クリックしてね

忍者ブログ [PR]